
人はスイッチのようには変われない
——「分かっているのにできない」は能力の問題じゃない
「分かっている。でも、できない。」
これは相手だけの話じゃないんです。私自身にも、何度もあります。
誰かに教えたのに再現されないこともあれば、逆に、教えられたのに次の場面で同じミスをしてしまうこと……あります。
頭では理解しているのに、身体が追いつかない……いえ、意図した内容がお互いに伝わっていないんです。
そんな自分に、何度も出会ってきました。
なぜ「教えたのにできない」「教えられたのにできない」が起きるのか
これは能力の問題だけじゃないんです。
むしろ、構造の問題です。
教えたのにできない側のエピソード
正直、心当たりある人、多いんちゃうかなって思います。
「この図に全部書いてあるから、見てくれれば分かるのに」
そう思ったことがあります。
でも、相手はその図のどこを見ればいいかが分からなかったんです。
「聞いてくれれば5秒で済んだのに」
そう思ったこともあります。
でも、相手は
・これくらい自分で判断すべきか
・聞いたら「また?」と思われるかも
そんな迷いの中にいました。
教えられたのにできない側のエピソード
これはもう、完全に自分の話でもあります。
私自身も、聞けばよかったのに聞けなかったことがあります。
忙しそうな背中を見て、
「今は聞くタイミングじゃない」と勝手に判断してしまいました。
資料を渡されて「ここに全部書いてあるよ」と言われても、
“全部”のどこを見ればいいのか分からず、結局、違う方向に進んでしまったこともあります。
「きちんと聞いてくれたら防げたのに」は、あとからしか言えない
トラブルが起きたあとなら、
「なんで聞かなかったんだろう」
「なんで確認しなかったんだろう」と冷静に言えます。
でも、その瞬間の相手は、
・聞くべきかどうか
・聞いたら怒られるかも
・これくらい自分で判断すべきか
そんな迷いの中にいます。
そして僕自身も、同じ迷いを抱えたことがあります。
「普段からコミュニケーションがあれば…」も、あとからしか言えない
普段から話せていれば、
「これってどういう意味ですか?」
と気軽に聞けたかもしれません、聞いてくれていたかもしれませんね。
でも、現実にはそんな余裕がない日もあります。
忙しさで会話が減ると、
聞きづらさだけが少しずつ積み重なっていきます。
そして、トラブルが起きたあとに
「普段からコミュニケーション取れてれば…」
と気づきます。
これは誰のせいでもありません。
ただ、日常の中でズレが溜まっていくだけです。
ひどい場合、報連相を"きちんと"(?)してくれれば良かったのに、もしくはなんでできなかったんだ!と詰められますよね。
抽象語は共有できない
便利なんですけどね、こういう言葉。便利すぎるのが問題なんです。
「丁寧」「きちんと」「しっかり」「はやく」他にもにたようなことばあります。
これらはすべて、人によって意味が違います。
たとえば「丁寧」
- Aさん:誤字がない
- Bさん:情報が網羅されている
- Cさん:補足が多い
「はやく」
- Aさん:今日中
- Bさん:午前中
- Cさん:5分以内
同じ言葉でも、経験・文化・性格で意味が変わります。
「普通」「一般的」「常識」も同じくらい共有できない
「普通は報告するでしょ」
→ 普通って何?
「常識としてこれはやらないよね」
→ 常識って誰の?
“一般的”なんて存在しません。
あるのは、その人の中の一般だけです。
条件を言語化しないと、上司は理不尽に見える
ここがズレると、部下から見るとこう見えます。
「上司は何もしてくれないのに、あとから結果だけ見て、理不尽に怒ってくる人」
「昨日言ったことと、今日行ってることが違う?言動一致しない人」
でも実際は、上司の頭の中には「判断基準」があります。
ただ、それが言語化されていないだけです。
反対側の話もあります
聞きまくること自体が、悪いわけではありません。
分からないことを確認する姿勢は、むしろ大事です。
でも、「”きちんと”聞けたかどうか」は別の話です。
・何を聞いたのか
・何を聞いていないのか
・どこからどこまで自分の判断で進めていいのか
ここが曖昧なままだと、あとでズレたときに「聞いた」「聞いてない」の水掛け論になります。
だから本当は、聞く側も、「今回はどこまで自分が責任を持つのか」「どこからは必ず確認が必要なのか」ここを、その場で”きちんと”確認しておいたほうがいいんです。
それができていないと、上司は「なんで聞かなかったんだ」と言い、部下は「聞いたのに違った」と感じる。
これもまた、能力の問題ではなく、責任範囲が共有されていない構造の問題かなと思います。

変化は「スイッチ」ではなく「更新」
人って、思ってる以上にアップデートが遅い生き物です。自分も含めてです。
人は一瞬で変わりません。
私もそうですし、相手だってそうです。
「次から気をつけて」と言っても、次の“似ているけど少し違う状況”では、また迷います。
これは怠慢ではありません。
判断基準が、まだ更新されていないってことなのです。
では、どうすればズレを減らせるのか
答えは、シンプルで、“今回だけの簡単な条件”をお互いの共通にすることです。
- 「丁寧にやって」→ 誤字チェックだけは必ずする
- 「きちんとやって」→ 手順書の通りに進める
- 「しっかりやって」→ 迷ったら必ず相談する
- 「はやくやって」→ 10分以内で
- 「普通は報告するでしょ」→ 今回は「進捗が10%変わったら」報告する
抽象語は共有できませんが、条件は共有できます。
明日からできる、たった一つのこと
大げさな話はしません。ほんまに一つだけです。
人を変えようとしないこと。
そして、自分も急には変われないと知ることです。
その代わりに「今回だけの条件」を一つだけ言葉にする。
それだけで、迷いは減り、行動は揃い、失敗は学習に変わります。
成果が変わるのは、その先ですよ!
おわりに
人は急には変われないんです。せっかちに期待しても、だいたい裏切られます。
「普通は」「考えたらわかる」。
その言葉が口に出そうになったら、一度だけ立ち止まってみてください。
本当に共有したいのは、結論ではなく、その手前の考え方かもしれません。そしてそれは、相手に向けたものでもあり、自分に向けたものでもあります。
でも、関係性と成果は、今日から少しずつ変えられます。
たぶん、思ってるより静かにですけど……。
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スイッチといえばSwitch2……無理やりだな。